AGA卒薬189日目(服薬1502日)「笑いをとろうとしていない人を笑うのは非礼」

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タブーの語源は
どこでしょう?

英語のスペルは
taboo

日本語だと
禁忌

になるのかな。

タブーは
ポリネシア語の
tabu
が語源なのだそう。

日本で
タブーという言葉が
使われるようになったのは、

どんなきっかけが
あったのでしょう。


今日は、こんな記事を読んでみましたよ。

*****
ひろゆき氏 〝乙武チャレンジ〟批判に反論「ハンディキャップを使って笑いを取るのは普通」
東スポweb
https://www.tokyo-sports.co.jp/entame/news/2149548/
*****

否定的な声として
紹介されている

「障害者を健常者が笑うという笑いは無理」

というのは
たしかに
そうだと思います。

そういうふうに
親や先生から
教育を受けますし。

子どものころ、
障害のある人を
指差したりしたら
「見ちゃダメ」
というように
制されたことが
あったような。

見ちゃだめな人
触れてはいけない人

という存在なのだと
刷り込まれているのかも。

そのうち、
24時間テレビ
「愛は地球を救う」が
放送されるように
なりました。

障害のある人は
そういう存在
という意識を改める
良いきっかけに
私の中では
なったのかも。

最近では
パラリンピックなども
同じかも
しれません。

もしかしたら
私と同じように
考え方が変わった
という人は
いるのでは
ないでしょうか。

トワイエ、

障害者を笑う
という行為は、

まだまだ
日本では
広まっては
いません。

広まるどころか
生まれてもいない
でしょう。

そこに
風穴を開けようと
しているのか、
乙武さん。

アメリカの
映画やドラマでは、

昔から
障害者が
普通に出てくるんです。

障害を
笑いのネタにすることも
あるのです。

日本では
考えられないかな。

でも
NHKの教育テレビ
(今はEテレだっけ?)
では、

お堅い内容ではない
バラエティー的な
楽しい内容で
障害者を
起用しているみたい。

たしかに
ひろゆきさんが
言っている、

「デブとかハゲとか不細工とかハンディキャップで笑いをとろうとしてない人を笑うのは非礼ですが笑わそうとして、笑われてるなら不幸な人は居ないです」

というのは
そのとおりなのでしょう。

他の
お笑い芸人にしてみれば、

「それで笑いをとるのはずるいわ~」

って感じも
あったりして。


笑わそうてしているのだから
おもしろければ
笑えばいい

ということか。

そこに
「笑っちゃだめ。
いくらおもしろくても」
という
理性のブレーキが
自動でかかるから
ややこしいのかな。

笑わそうとして
自分でやっている場合は、
普通に反応すべき
なのでしょう。

日本人が
そうなるまでには、
まだまだ
時間がかかりそう
ですけれど。

もしかしたら
そんなふうには
ならないかもしれません。

それが
日本人のやさしさ
なのかも
しれませんが、

そのやさしさが
障害者を
見えないところに
隠してきたし、

見ないように
目を背けてきた
のかもしれません。


薄毛を笑うのは失礼
という前提があるから、

薄毛のネタにする
お笑い芸人がいるわけで、

薄毛がタブーでなくなったり
薄毛が当たり前だったりしたら、

その笑いは
成立しないと
いうことか。

薄毛を
笑いのネタにしたり、
薄毛をイジって
からかったりしているのを
テレビで見ていると、

薄毛は笑っていいんだ
薄毛をイジってもいいんだ

と、
単純に考える人がいます。

でもこれは、
ひろゆきさんが言っているように
「笑いをとろうとしている人」たち
なのです。

テレビでやっているから
と言って、

誰にでもやっていいわけでは
ない。

そうか、そういうことだったか。

乙武さんが
自分の障害をネタにして
笑われようとしているからって、

笑われようとしていない人まで
笑っていいわけではない。

当たり前のこと
なのにね。

薄毛をネタにしている
お笑い芸人がいるからと言って、

薄毛の人を
ネタにしていい
ということではない。

薄毛をイジられて
嫌だって
怒りたいところなのに、

ここで怒ると
冗談の通じないやつ
みたいに思われそうで
愛想笑いをする。

本当は
怒ったほうが
いいのでしょうけど。


少し親しくなると
外見のことを
いじるようになる人、
やめたほうがいいですよ。

というツイートが
今朝、
流れてきました。

そのくらいで
怒るほうがおかしい

というのが
今までの日本だったような。

でもやはり、

親しき仲にも礼儀あり

という言葉が
昔からあります。

親しい仲こそ
気をつけたほうが
いいのかも。

笑っていても
相手は
嫌な気持ちでいるかも
しれません。

相手が
ずーっと我慢しているからこそ
成り立っている
親しさ

というケースも
ありや、なしや。


笑わせそうとしている。
笑われようとしている。

そういう人は
笑っていい。

そうじゃない人を笑うのは
比例。


言われてみれば
至極
当たり前なのに、

その視点には
気づいてなかったかも。


でも
ここで問題になるのが
自虐ネタ
なんすよ。

笑われたくて
自虐ネタを言っているのなら
いいのですが、

笑われたくない人でも
自虐ネタを使うケースが
あると思います。

それを
笑っていいのかどうかが
難しい。

乙武さんの場合は
ご自分のYouTubeチャンネルで
笑わせようとして
やっているのだから、

おもしろければ
思いっきり
笑えばいいのです。

それは笑えない
という人は、
見なきゃいいだけ
なのでしょう。

乙武さんが
障害を武器にして
笑いをとっているからと言って、

そうしていない人を
笑ったり
からかったり
イジったりしていい

ということでは
ないという
当たり前も
広がるといい。

無理か?

薄毛などでは
そうなってないから。

でも
そんな人って
実は
ほんの一部なのかも。

テレビで
薄毛をネタにしている人は
笑うけど、

普通のところで
薄毛を笑う人なんて
そもそも
おかしいのかも。

そういう人が
おかしいんだ。

でもまぁ、

私も
人の薄毛を
内輪では
笑っていたこともあるから
天罰で
薄毛になったのかな。

自業自得か。

肥満を笑ったこともあったぞ。
だから
肥満になって
ダイエットを
何度も
繰り返すことになったのか?

あとは、なんだ?
何を笑ったことがある?

因果応報ということなのかな。


満たされていないものは、

過去に
笑ったもの…

そういうことなのでしょうか?

今さら
もう取り返せない…。

今日から
気をつけて
生きていきます。

とほほ。

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