AGA卒薬158日目(服薬1502日)クリニックに行ったほうが費用対効果が最大だったのかも?

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吝嗇家でしょうか?

かっこつけて
吝嗇家などと
書いてみましたが、
読めないし、
書けません。
「りんしょくか」と
読むそうです。

守銭奴なら
読めるし、
なんとか書けるかも。

銭ゲバというのは
忘れていました。


今日は、こんな記事を読んでみましたよ。

*****
薄毛、抜け毛が気になる人に…勇気を出して初めての「AGA治療」【時間とお金篇】
TOKYO HEADLINE
https://www.tokyoheadline.com/507941/
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数日前の
紹介記事は
【スタート篇】でした。

今度は
【時間とお金篇』。

クリニックでのAGA治療に
時間とお金が
どのくらいかかるのか
という疑問に
答える内容に
なっています。

『なるほどね~』と
思うところが
随所に。

個人的に
耳が痛かったのは…

(文字を読んでいる場合でも
「耳が痛い」で
いいのかどうかという
話もありやなしやですが…)

ここ。

*****
 自己判断で治療薬を個人輸入する方もいるようですが、その薬に本当に効果があるかどうかは担保されませんし、安全な治療薬を入手できているかどうかのリスクも高いと思われます。少々安価だからといって命に関わる副作用が出ないとも限らないので、安心できる医療機関で治療していただきたいです
*****

これは
本当に
そうでしょう。

個人輸入で
AGA治療薬を
購入していた
私が言うのも
なんですけれど、

安心できる方法を
選ぶのが
一番いいのは
そのとおり。

できるだけ
出費を抑えたい
ということなどから
私は
そうしたわけですが、

できる限り
クリニックなどの
医療機関を
使うべきなのは
誰でもわかっている
ことのはず。

副作用かもしれない
ということは
実際に起こりました。

また、

実は偽薬という
可能性だってあります。

本物の治療薬だったら
もっと生えていたかも…

などということだって
あったかもしれません。

個人輸入代行サイトは
老舗で、
品質を保証する
証明書も掲示しています。

けっこう生えてきたので
本物の治療薬だったとは
思うものの、

プラシーボだったり
するのでしょうか。

クリニックだったら
もっとフサフサまで
戻れたかも?

真実は闇の中ですが…。


クリニックなどの
医療機関で治療すると
何倍もの
費用がかかってしまいます。

でもこれには
安心料も含まれていると
考えるべきことなのかも。

医師に
実際に
診てもらえるし
見てもらえる。

血液検査も
してもらえる。

診断を
してもらえる。

適切な判断を
してくれる。

アドバイスを
くれる。

本物の薬を
処方してくれる。

その後のケアを
してくれる。

なにより、
相談でできる
というのが
一番安心かも。

まぁ、
実際に相談を
できるのかどうか
わかりませんが、

困ったときや
わからないときに
相談できる専門家がいる
というのは、

私自身の治療過程を
振り返ってみても、

もっとも
欲しかった状態だったと
思います。

それにやはり、
治療を
最も効果的にするためにも
必要な存在だったように
思います。

もしかしたら
そのほうが、
費用対効果が最大で
結局のところ
一番
お金がかからないという
結果になったのかも
しれません。

お金もかからず、
髪はフサフサ。

クリニックに行っていれば、
そういう
最高の結果に
なっていたのかも。

お金を節約しよう。
時間を節約しよう。
恥を節約しよう。

そんなことを
優先したせいで、

もしかしたら
かえって
すべてを
無駄に浪費したのかも
しれません。


「急がば回れ」が
やっぱり
正解なのか。

石川遼選手が
イケイケだったころに
「急がば回るな」と
言っていたと
記憶しています。

当時は、
なるほどね~と
思ったものですが、

その後の
石川選手を見ると
回ったほうが
良かったのかと
思ってしまうところも。

しかし
どちらにしても、

回ったほうが良かったのか
回らないほうが良かったのかなんて
わからないんですよね。

いつも
こういう結論になります。

どちらの選択が良かったのかなんて
結局わからない。

良い結果になったように
一時的には見えても、

その後には
逆の結果になったりもしますから。

ジョブズが
点と点がつながる
というようなことを
言っていたけど、

どうつながって
良かったのか
悪かったのかは、

死ぬ直前まで
わからないのかも。

そして、

それが
良かろうが
悪かろうが、

人生は終わるわけです。

良い最期だとしても
悪い最後だとしても、

『これで良かったんだ』と
思えればいいなかな。

『こういう運命だったのか』だと
少し残念かも。

どの選択が良かったのかなんて
誰にもわからないのだから、

自分で決めちゃえば
いいのでしょう。

どの選択も最善だった。
最高だった、と。

自分が最高だったと思えば、
その人生は最高なのです。

他の人が
そう言わなくても。

まぁね。

最高の人生じゃなくても
いいのかもしれないけど。

私の人生が最高とは
とても言えない。

それをわかっていて
『最高だった』と
心の底からは
思えないか。

それなら別に、
最高でなくてもいいと。

なんとか
よく生きましたでも
いいかな。

でも、どうなのでしょう。

死ぬ時に
そんなこと
考えるものなのか?

最高でも
最低でも
人生は終わる。

それなら、
どう生きる?

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