AGA卒薬231日目(服薬1502日)薄毛で病院に行くことを恥ずかしくないと思える強さよ

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恥ずかしがり屋でしょうか?

この歳になって
「恥ずかしがり屋」
なんて言うのは、

それこそ
恥ずかしいのですが、

私は
恥ずかしがり屋だけど
目立ちたがり屋…

という感じかも。


今日は、こんな記事を読んでみましたよ。

*****
<「男の薄毛」最新医学で解決できること、できないこと 改善と現状維持では治療も異なる
PRESIDENT Online(プレジデントオンライン)
https://president.jp/articles/-/39195
*****

プレジデントの元記事は
このタイトル。

これを転載している
ニフティニュースでは、
こんなタイトルに
替わっています。

*****
「男性型脱毛症(AGA)」は1200万人以上と推定 服薬の有無で「5年後」に大きな差も
ニフティニュース
https://news.nifty.com/article/magazine/12179-830611/
*****

後者のほうが
読みたくなるような
タイトルかな。

記事の内容としては
私たちのような
大ベテランならば
知っていることばかり
でしょうか。

ただちょっと
違和感があったのが
2箇所ありました。

違和感
というほどでは
ないけれど、

ミノキシジルの説明で、

ミノキシジルが使われている
外用発毛剤として
紹介したのが
『スカルプD メディカルミノキ5』
だったこと。

普通は
『リアップ』の名前を
出すでしょう。

大人の事情なのでしょうか。


もう一つ
「ん?」と
感じたのは、

最後の最後、
まとめにある一文です。

最後に、薄毛で病院に行くことは決して恥ずかしいことではないと私は伝えたい。


そうかもしれない。
それが真実だとは思う。

でも、

恥ずかしい恥ずかしくないは、
他人が決めることではないはず。

同じことでも
人によって
恥ずかしかったり
恥ずかしくなかったり
するでしょう。

「そんなこと気にするな」とか
「そんなくだらないことで悩むな」とか

言いたくなる気持ちもわかります。

私だって
そんなふうに思うことが
あるかもしれません。

続く一文で

“嘆く”より、改善しようと行動するほうが、心身に、そして髪の健康にもよい影響を与えるはずだ。


と言っていますから
悩んでるくらいなら
行ってしまったほうが
いいですよ

ってことを
言いたいのだということも
わかります。

薄毛で病院に行くことは
恥ずかしいことではない

それも
私だって
わかっています。

そもそも
病気なのだから、

病気になったときに
病院に行くのが恥ずかしい
なんて言う人は
いません。

恥ずかしいことではない

そうわかってはいるけれど、
それでも
やっぱり
恥ずかしい。

病院に入るところや
病院から出るところなんかを
誰かに見られでもしたら、

やっぱり
恥ずかしそう。

まぁね。

誰も見ちゃいないし
見られても
な~んにも
気にしてなんか
いないとは
思うのですが、

恥ずかしさなんて
そういうものなのでしょう。


でもまぁ、

「行く」と決めてしまえば、
恥ずかしかろうが
行ってしまうとは
思います。

誰に見られるって
知ってる人に
見られるのが
恥ずかしいのでしょう。

「旅の恥はかき捨て」
なんてことわざが
ありますが、

知っている人のいない
旅行で訪れた土地であれば
恥はかき捨てられるもの。

日本人は
知っている人がいたり
他人の視線を感じる場合だったりすると
礼儀正しく
品行方正だけど、

周りに知人がいないとなると
途端に
お行儀が悪くなる人がいます。

学校で習ったのは
『菊と刀』でしたっけ?

著者は、
ルース・ベネディクトだったかな?

日本は「恥の文化」で
欧米は「罪の文化」という話
だったかな?


恥と恥ずかしさって
微妙に違うような
気もしますけど、

考えてみれば
薄毛を気にすることというのは、

そもそも
恥ずかしさが
理由のほとんどでしょ。

薄毛が恥ずかしいことでも
なんでもないのであれば、

こんなに薄毛が
話題や商品になったり
することは
ないはずです。

恥ずかしさを刺激して
成り立っている商売が
こんなに大きくなっているのに、

薄毛は恥ずかしくない
薄毛で病院に行くのは
恥ずかしいことではない

そう言われても
矛盾しています。

矛盾しているから
違和感が出てきたのかな。

薄毛もそうだけど
恥ずかしさを感じない人が
いると
見聞きすることはあります。

薄毛を気にしない人も
いることでしょう。

薄毛のことなんて
全然気にしないで
生きている人は
うやらましいけれど、

そういう人の中に
自分が気にしないからって
こちらにも
それを
強制してくるような人がいたら

ちょっとイヤかも。

「そんなの気にすんなよ」
なんて言われたら
嫌かな。

でも逆に、

「気にすることないんだ」って
思えるように
なれたりもするのか?

心の中に
ドカドカと
土足で入り込んでくる
ような人は
大嫌いなので

そういう人から
逃げてきましたが、

そういう人のほうが
自分を変えてくれることも
あるのかもしれません。

そういう人がいたほうが
私の人生は
もっと良い方向に
進んだのかも。

失敗や逆境が
人生を良い方向に変える
きっかけになるように、

そういう大嫌いな人を
受け入れる人生を
選んでいたら、

今とは違う
私になっていたのかも。

でもやはり、

苦手な人とは
付き合いたくないな~。

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