AGA卒薬160日目(服薬1502日)薄毛はカッコ悪いのでしょうか?

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薄毛はカッコ悪いのでしょうか?

お風呂に入る前、
洗面台の鏡に映る
自分がいます。

いつもはしないのに、
鏡に映る自分を
ぢっと見つめました。

『薄毛がそんなにカッコ悪いか?』


今日は、こんな記事を読んでみましたよ。

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ハゲがダサいのはキャラがハゲに勝ってないからだ
奥野和憲|note
https://note.com/okuno_kazunori/n/nb5d1f12324f4
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「ハゲがダサいのは、キャラがハゲに勝ってないからだ」

自信のあるものが
他にあれば、
薄毛なんて
関係ない

というのが、
当ブログで
何度もたどり着く
結論です。

キャラが薄毛に勝っていれば
ダサくない
というのは、
考えたことがなかったけど
たしかに
そうかも。

おもしろい。


薄毛でも
かっこいい人として
思い浮かべるのは、

見た目のカッコ良さも
ありますが、

何かに成功していて
自信満々に見える人たち。

尊敬や憧れを
抱くような人たち。

そういう人たちは
当然ながら
薄い毛を吹っ飛ばすほどの
キャラクターが
立っている人たちのはず。

薄毛が気にならないほどの
パワーのあるキャラ。

なんなら、
そのキャラだから
薄毛になったのだとすら
言えちゃいそう。

さらに言えば、

薄毛じゃないと
そのキャラには
ふさわしくない

というレベルにまで
到達している
可能性さえ
あります。


トワイエ、

俳優や有名人なら
強烈なキャラクター
というものが
あっていいでしょうけど、

私が
強烈なキャラクターを
身につけるというのは
現実的に無理。

成功者でもないから
自信も何もないしな~。

キャラや自信でもって
薄毛を打ち負かすなんて
私には
無理ではなかろうか。

では、
どうしたらいいのだろう?


『薄毛がそんなにカッコ悪いか?』

いや、

正直に言えば、
薄毛はかっこよくは見えない。

おでこは広くなっていて、
頭の毛もチョボチョボだ。

カッコ悪い。

でも、
本当にこれって
カッコ悪いのか?

薄毛はカッコ悪いと
刷り込まれている
だけではないのか。

髪がフサフサでも
みんなが
かっこいいわけではないぞ。

ん~。

でも、やっぱり
薄毛は情けない感じがする。

恥ずかしい感じもする。

どうしてだ?

見た目が
みすぼらしくなるからか?

それとも、
みんなにあるのに
自分にないからか?

でも
髪がない人なんて
他にもたくさんいるではないか。

おじいちゃんの薄毛を
恥ずかしいと思ったことはないし、
父親の薄毛を
笑ったこともないぞ。

だのに
なぜ
自分の薄毛は
恥ずかしいのだ?


髪があったころは、
薄毛になっても構わないと
思っていたし、
今もそう思っている。

それなら
どうして
外出するときに
帽子を被るのだ?

わからん。
自分が、わからん。


そもそも
かっこよくなきゃ
だめなのか?

オスとしては
メスを獲得して
子孫を残すためには
かっこよくなきゃ
いけないのかもしれない。

かっこいいとか、
お金持ちとか、
成功しているとか、
そういうもので
オスの価値を
高める必要があるのか。

それがないオスは、
ただの負け犬として
落伍していく。

弱肉強食。
適者生存。


でも
メスの視線だけじゃないか。

オスの視線も
気にしているところが
あるのかも。

他のオスに
笑われたくない。
見下されない。
馬鹿にされない。

オスだ
メスだは
関係なく、

自分を見る
いろんな人に
笑われたくない
という
気持ちがあるのかも。

薄毛は
笑われる存在なのか?

薄毛を
笑われる存在にしているものは
なんなのか?


薄毛を笑うような人は
こちらから
願い下げればいいだけ。

そんな人からは
離れればいい。


でも、

薄毛を笑っていた
昔の自分もいる。

薄毛を笑っているが
その人の人格まで
笑っていたわけではないはず。

しかし、

薄毛を笑っているときは
自分のほうが上、
相手を下に見ていたような
気がする。

テレビのお笑い芸人が
薄毛をネタにしたり
イジったりしているのを
笑って見ていたころ、

気づいていないけれど
見下す気持ちがあったような。

髪のある自分のほうが上だと
思ったいたのかも。

上というより、
髪がある自分は
笑われない
というような
気持ちなのかな。

薄毛だけでなく、
肥満とか、
身長とか、
いろんな見た目問題は
同じ構図なのかも。

見た目に限らず、
学歴とか、
収入とか、
車だ
家だ
などなど、

自分と相手を比較して
自分と周りを比較して
上だ下だと
無意識に思っているのかも。

にんげんだもの
仕方ないのかな。


薄毛を笑われると
見下されていることを
感じる。

誰かの薄毛を笑えば
心のどこかに
優越感があり、

自分は大丈夫だと
安心できる。


薄毛を笑われるかもしれないと
思う気持ちは
不安を呼ぶ。

不安になりたくないから
帽子をかぶる。


誰かの上に立ちたいというより
誰かの下になりたくない
という意識なのかな。

不安はストレスだから
安心したいだけなのかも。

安心したいから他人を笑い、
安心したいから笑われたくない。

ということは、

薄毛でも
安心できれば
いいということか。

安らかな心。

やっぱ
気持ちの問題か。

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