AGA服薬1043日 食事中に帽子を被るのはマナー違反だが脱ぐに脱げない薄毛の関

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食事中は帽子を脱ぐマナーに反論 薄毛の人からは「気持ちを察して」の声も

という、『ニュースサイトしらべぇ』の記事。
https://sirabee.com/2018/11/23/20161879454/?FROM_WEBVIEW

「食事中は帽子を脱ぐべきだと思う」と答えた人は、全体で69.0%と高い割合になっているのだそう。まぁ、そうですよね。私もそう思いますから。


TV番組などで出演者が帽子を被ったまま食事をしているのを見ると「帽子は脱ごうよ」と思ったものですが、そういうシーンを見るようになって何年も経過するうちに、テレビで見るぶんには慣れてしまったところはあります。


その影響なのか、実際に自分の目で帽子を被ったまま食事をしている人を見かけても、『今はそういう時代だよね』とあまり気にならないかもしれません。でも、子どもがそうしていたら、子どものうちは注意したほうがいいように思ったりもします。マナーやしつけとしてですね。


私も薄毛を隠すために帽子を被って出かけることがあり、帽子を脱がずに食事をしたことがあります。やっぱり自分でも嫌なのですが、増毛スプレーを使用していないときは脱ぐに脱げない気持ちがあるんですよね。でも、被り続けるのも気持ちが悪い。外で帽子を取る確率が高そうなときは、増毛スプレーをしてから帽子を被るようにはしています。


最近は外国からの観光客が増えていますから、外国での帽子のマナーはどうなんでしょうね。中国や韓国からの観光客も多く、食事中に帽子を被っているのは、外国人だったりすることもあるかもしれません。


食事中のマナーってことを言い出すと、立って食べることだってマナー違反のはずだし、歩きながら食べるなんてもってのほかでしたよね。それが、立食パーティーというものが入ってきて、手に持って歩きながら食べるファストフードみたいなものが流行したりしてね。


あー、でもそうか。
立ち食いそばは昔から日本にもあったし、お祭りの露天でリンゴ飴なんかを買えば、昔だって歩きながら食べていたのかな。いや、昔はどこかで座ってから食べたような気もしますね。立ち食いそばも、テーブルで食べることにより立って食べている感覚が少し薄まっているのかも。


食事のマナーが問題や話題、批判や炎上することって、けっこう多いような気がします。子供の頃から、親に厳しくしつけられたトラウマみたいなものがあるんでしょうかね。深く体や心に染み込んでいるからなのか、マナーや常識とされているもの以外は認めないという人がいたりもします。


私は38歳のころから、食べるときの啜る音が苦手になりました。苦手というより、もっとダメ。他人ならしょうがないと思えるけれど、家族は毎食時がそうなので、もう12年くらい苦しい思いをしてるんです。やめてとは言えないんですよね。


そういう私も、その38歳の頃までは、思いっきりすする音を出すことが美味しく食べる方法だと疑いもしていませんでした。なんだって、大きな音を出してすすっていたのだと思います。家族が今もそうしているのですから、それを見て育った私も、それを真似して育ったわけですからね。


38歳のころにやったダイエットが原因で、すする音がダメになったと分析しています。ダイエットで貴重さを増した食事をおいしく味わいたいのに、それを邪魔する家族のすする音。こんなことがきっかけだったように考えています。我慢できなくなると、ストレスが大爆発してしまいそうになるくらいキツい。


ここ数年で「ススラー」という言葉が出てきたことから考えても、苦手にしている人はいるようなのです。検索しても出てくるし、外国では学術用語としてもそれを指す用語があるみたい。


でも、日本でススラーがいなくなることは無理でしょう。「啜る音が豚みたい」と言った外国人観光客のことが数年前に話題になったことがあったのですが、「すすって食べるのは日本の文化だ」「すすって食べると空気と混じりおいしくなるのだ」などの意見がほとんどでしたからね。すすって食べないと怒る店主までいたりします。一緒に食べる仲間から、すすらないで食べると「美味しくなさそうだからやめろ」などと言われることもあるとか。
まぁ、すすって食べていたときの私も、同じように思っていましたけど。「男らしく、思い切りすすって食えよ」なんてふうにね。


「音を出して食べるのをやめよう」なんて言っても、みんなに反対されるだけで、日本では絶対になくなりませんよね。私の家族なんて、麺だけじゃなく何でもすすって食べています。カレーライスなんかもすすっているし、ただの白米もすすっていることに気づいたときには、めまいがしました。麺のような細い食べ物は全部すする感じだし、汁が垂れそうなものもすすりますね。おそらく、条件反射的なものなのかな。こういう日本人は、きっと多そう。
っていうか、私も昔はそうだったはず。


お茶もコーヒーもすすって飲んでいた家族ですが、私の気配を察したようで、最近はあまりすすらなくなりました。熱い飲み物を冷ましながら飲む方法として、すするっていうのがあるんでしょうね。熱い食べ物も同じなのでしょう。冷たいザル蕎麦なんかをすする必要はないはずですが、空気と一緒に食べるとおいしいという説が唱えられていました。「ズルズルって食べるのが美味しいんだ」と刻み込まれているだけだと思うんです。こうやって食べるのがおいしい。こうやって食べるのがうまいって。


たしかに、思いっきりすすり上げて食べるのは美味しいのはわかるんですが、自分も含めてそれが嫌な人もいるということに気づいてしまったので、私はもう人前ではできないと思います。すすって食べなくても、おいしいものはおいしいですよ。すすったほうがおいしいような気がしているだけかもしれません。すすったほうがおいしいような気は、今の私もしてますけどね。子供の頃から刷り込んできたものは、なかなか変えられない。


食事中の帽子についての話だったのに、すすり音の話になってしまいました。


子供の頃から、耳がいいほうだったせいかもしれません。なにか気になって嫌だなって思うと、逆にどんどん気になるだけじゃなく、さらに他にも増えていくようなことがあったりしませんか。


もしかしたら私の場合、そんな過敏すぎる病気なのかもしれませんが、同じように苦しんだり悩んだりしている人もいるようです。食事中には音を出さないのがマナーという外国があると思うので、そういうところで暮らせればいいんでしょうね。前世がそういう国の人だったのかも。


日本だって、本来は食事中は音を出さないのがマナーだと読んだことがあります。麺類などは、いつのまにか例外になってしまったんでしょうか。


何十年も前、パスタの店で、会社の同僚と3人でスパゲッティを食べていたときのこと。自分だけズルズルすすって食べていたことに気づいたときには、顔から火が出る思いがしました。店にいる他のお客さんを見ても、誰もすすって食べていなかったんですよね。それまで何度もその店でランチを食べていたのに、そのことにまったく気づいていなかったのです。スパゲッティもすすって食べるものだと思っていたのでしょう。実は、そうではなかったと…。


家族がすすって食べる音が、いつか気にならなくなるようにと願いながら、もう12年くらい過ぎてしまいました。美味しそうに食べたり飲んだりしてるから、「やめてくれ」とは言えないんですよね。


ここ数年は、食べるすすり音だけでなく、食事中に鼻もすするようになってきたし、食後には歯をすする音も出すようになったしで、どんどん試練が増えています。神様はどういうお考えをお持ちで、私にこのような試練をお与えになるのか。「神は、その人が乗り越えられない試練を与えない」といわれますが、私には乗り越えられる自信がありません。受け入れることも無理でしょう。無理だとあきらめるしかないか。

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